【IXIC】2000年3月、ITバブル崩壊時のナスダック市場動向

スダック総合指数は、1998年10月8日にロシア危機後の最安値である1,357ポイントを記録した後、大きく上昇。
さらに、2000年1月1日に起こるとされた2000年問題に対する不安が解消されたことから、1999年10月から急上昇。
特に市場を先導するハイテク銘柄や投機的なインターネットやバイオ技術関連株はわずか5カ月の間に大きく上げていた。

3月7日、前日よりも多い出来高なのに安く引けた【1回目の売り抜け/危険信号】

3月10日、午前中に85ポイント以上の上昇を見せ、高値を付けた。
ところが、午後になると反転してこの日はわずか2ポイントの上昇だったが、出来高は平均を13%も上回った。
これまで先導していた銘柄までもが天井を打つ兆候を見せ始めた【2回目の売り抜け/危険信号】

3月14日、大商いだったにもかかわらず株価は4%下げて引けた【3回目の売り抜け/危険信号】

3月16~24日まで、怪しく上昇したものの、再び失速【4回目の売り抜け/危険信号】

3月30日、長期移動平均線(40日)を下に抜ける【移動平均線大循環分析は第2ステージへ】

それから、9~10月頃までもみ合い相場を経て、本格的な下降トレンドへ移行、2001年4月まで急落し、2002年10月10日に底を打つまで低迷を続けた。

天井となった2000年3月10日から2002年10月10日までの2年7カ月の間で、ナスダック総合指数は、5,132ポイントから1,108ポイントまで約5分の1になった。
Trend Analysis

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